大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和60年(行ク)29号 決定

申立人

坂上勝一

外一一名

右訴訟代理人

大星賞

松本博

野本俊輔

村上愛三

住田昌弘

相手方

千代田区教育委員会

右代表者委員長

藤井康男

右指定代理人

竹村英雄

外六名

主文

本件申立てを却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

一申立人は、「相手方が昭和五九年九月一八日付でした千代田区立佐久間小学校の改築期間中の仮校舎を同区立千桜小学校及び千桜幼稚園の施設内に設置するとの処分の効力は、当庁昭和六〇年(行ウ)第三二号仮校舎設置処分取消請求事件の判決確定までこれを停止する。申立費用は相手方の負担とする。」旨の裁判を求め、その理由として、別紙(一)の「申立の理由」及び別紙(二)に記載のとおりの旨を述べ、相手方は主文同旨の裁判を求め、別紙(三)の「却下を求める理由」に記載のとおりの意見を述べた。

二よつて判断するに、申立人が行政処分であるとしてその取消しを求め、かつ、効力の停止を求める対象は、相手方が昭和五九年九月一八日付でした仮校舎の施設内設置の決定(以下「本件決定」という。)であるが、このような決定は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律二三条一号及び七号を根拠として相手方のすることのできるものであるとしても、それは、本件記録によれば、千桜小学校及び千桜幼稚園(以下これらを「千桜校」という。)の施設内に佐久間小学校(以下「佐久間校」という。)の仮校舎を設置するという相手方の機関意思を内部的に決定したというに過ぎないものといちおう認められるのであつて、このような決定が右両校の児童・生徒の法律上地位に何らかの影響を及ぼすべきことを定めた法令の規定は存在しないのみならず、およそ本件のような区立小学校の仮校舎設置による臨時的な教育場所の変更について、その手続や基準等を定めてこれを規律する行政法規は全く存在しないから、仮校舎設置の決定から変更された教育場所における教育の実施に至る一連の手続過程において、法律に根拠をおくことを要し、かつ、法律上国民の権利義務に影響を及ぼすものでなければならない行政処分の介在する余地はないといわなければならない。換言すれば、区立小学校の仮校舎の設置については、法は、それが短期間の臨時的なものであることなどにかんがみ、これを事実上の問題として取り扱い、行政処分などのような法律上の問題として取り扱っていないものというべきである。たとえ右仮校舎の設置による教育場所の変更に伴い、佐久間校の児童・生徒の教育を受ける場所が臨時的に異なることとなり、同校の児童・生徒の中には通学上従前より不便となり、あるいは同校又は千桜校の児童・生徒の中に従前より劣る教育環境で教育を受けることを強いられる者が生ずることがあるとしても、それは、国民に法律上受忍義務を課するような行政庁の処分によるものではなく、一つの小学校の校舎改築の必要上既存の校舎が使用できず、実際上他の小学校の施設を利用せざるをえないことの結果として、両校の児童・生徒が同一施設内で教育を受けることとなるという事実上の影響によるものに過ぎないというべきである。もつとも、子女の保護者は子女を就学させる義務を負うものであるところ(学校教育法二二条)、佐久間校の児童・生徒は、同校を就学する小学校として指定されているのであるから、同校の教育の場所が臨時的にせよ変更されれば、同校の児童・生徒の保護者は、その子女を同校の臨時的に変更された教育の場所において就学させる義務を負うこととなるということができるが、しかしながら、仮校舎の設置に伴うこのような義務は、当該子女の就学する小学校として佐久間校が指定されたことによつて生じている義務のなかに包括的に含まれているものと解されるのであつて、同校における教育の場所が事実上変更されたことによつて生じるものではないというべきである。なお、疎明によれば、同校又は千桜校の児童・生徒らは、現に千桜校内に収容されている状態にはないことが明らかであるから、本件の取消しの対象を公権力の行使たる事実行為であると解することもできない。

そうすると、本件決定をもつて行政処分であるとしてその取消しを求める本案の訴えは、行政処分でないものを対象としてその取消しを求めるものとして不適法であり、したがつて、本件行政処分の効力停止の申立ても、適法な本案訴訟の提起がなかつたことに帰することとなつて、不適法というべきである。

よつて、本件申立てを却下することとし、申立費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(宍戸達德 中込秀樹 金子順一)

別紙(一)

申立の理由

第一 申立人らの地位等

一 別紙申立人目録記載の申立人らは、いずれも同目録記載児童の保護者であり、同児童らは、同目録記載のとおり、千代田区神田東松下町二二番地所在の千代田区立千桜小学校(以下、千桜小という)及び同区立千桜幼稚園(以下、千桜幼という)に存学ないし在園する者である。

二 千桜小及び千桜幼は、別紙校舎平面図(一)に示すとおり同一施設内に置れていて、その施設の内容及びその使用区分は図面に示すとおりである(同図面中、校舎に「幼」と記載してあるのは、幼稚園の使用に供されていることを示す)。施設の規模は、校地面積三、五二二平方メートル、校舎床面積三、九〇一平方メートル、校庭面積(プールも含めて)六七二平方メートルであり、これに対し、小学校においては、在学児童は七学級二〇八名で、教職員数は校長ほか二六名(内訳 校長及び教頭各一名、教諭一一名、養護教諭、事務主事、栄養主事及び非常勤講師各一名、主事一〇名)であり、幼稚園においては、存園者は三クラス五〇名で、教職員は校長兼務の園長ほか六名である(いずれも昭和六〇年三月現在)。

第二 行政処分の存在等

一 本件行政処分に至る経過

1(一) 千代田区佐久間小学校(以下、佐久間小という)の改築問題は、昭和五五、六年ころから、相手方の検討課題となつていたが、同五九年三月までは、自校内で新校舎の建築問題を処理するということで、同小の新校舎の建築問題を検討していた。

すなわち、当初、相手方は、同小の西側に隣接する和泉公園に新校舎を建築する計画、ないし同小の学校敷地と同公園の北側を利用して東西に伸びる新校舎を建築することを計画していたが、同公園の北側にある三井記念病院がこれに反対し、同五九年三月まで同病院との間で、同公園の利用問題についての交渉が続き、最終的に、同小と同公園の現境界から一〇メートルを限度として公園敷地を利用して新校舎を建てることを認めるという条件で病院との交渉がまとまつたため、当初の計画に比して著しく公園敷地の使用可能面積が減少し、同小での自校内処理を再検討する必要が生じ、同年四月ころから、和泉公園内に仮校舎を建設する案などが、相手方で検討されるようになつた。

(二) このような頃、千代田区議会議員自由民主党大会が、同年四月に開かれそこで佐久間小の改築問題が取り上げられ、右改築期間中千桜小に佐久間小の児童を受け入れさせれば、和泉公園に仮校舎を作る場合より格安の費用で改築が可能となるとの理由で、千桜の全面受け入れが提案され、党の意見として千桜全面受け入れ案で佐久間小の改築問題を解決するという方針が決定され、これを相手方に検討するよう指示した。

2 右指示を受けて、同年五月、相手方は、佐久間小の千桜全面受け入れ案を検討することとなつたが、千桜の父母の意見を全く聴取することなく、わずか数週間の形ばかりの調査と検討で、佐久間小の改築期間中同小の仮校舎を千桜小及び千桜幼(以下、単に千桜というときは小及び幼を含む)の施設内に設置する方針を、昭和五九年五月二二日に決定した。

3 右五月二二日付けで相手方のなした、佐久間小の仮校舎を千桜の施設内に設置する旨の決定は、翌五月二三日相手方より千桜小の校長森正康に対し伝達され、同校長は相手方から、千桜において佐久間小を全面的に受け入れるよう要請された。これに対し、同校長は、佐久間小の全面受け入れはできないが、六教室であれば佐久間小に提供可能である旨の返事をした。

しかしながら、これに納得しない相手方は同校長に対し、佐久間小の全面受け入れは既定の方針であり、全面受け入れの方向で協力するよう重ねて説得していた。

4 このような状況下において、右森校長は、同年六月四日、千桜小PTA運営委員会委員である父母に対し、区教育委において佐久間小の改築期間中佐久間小の児童を何処に収容するかの問題について検討されているが、①プレハブ校舎を建築する案、②近隣の数校に分散して受け入れる案、③千桜で佐久間小を全面受け入れする案などが検討されているので、PTAとしてもこの点承知しておいて欲しいとの説明をした。

5 この話を聞いて千桜小のPTA執行部は、同年六月七日、相手方を訪ね佐久間小の受け入れ問題について正したところ、相手方の方針は、佐久間小の改築期間中同小を千桜で全面的に受け入れて頂き、右期間中千桜の施設内に、千桜小、佐久間小及び千桜幼を併設するというものであるが、相手方の方針に従つて協力して頂きたいとの説明であつた。

PTAとしては、前記森校長の話と異なり佐久間小の全面受け入れが、相手方の既定方針であるとの説明を聞き、千桜の施設内に二つの小学校を併設することは、物理的に不可能であるしまた教育的観点から見ても承服できないので、全面受け入れには反対である旨の意見を相手方に対し明確に伝えた。

6(一) 右の後、千桜において左記の日時に各授業参観が行われ、参観後の父母会において、連絡通知には全く記載のなかつた佐久間小受け入れ問題について、森校長から抜き打ち的に説明がなされた。

昭和五九年六月一四日 四、五、六年の高学年授業参観日

同年同月一五日一、二、三年の低学年授業参観日

同年同月一九日 幼稚園の授業参観日

同校長の説明内容は、相手方から佐久間小を同小の改築期間中千桜で全面受け入れして欲しいとの話がでており、六教室だけの受け入れということで押しているが、全面受け入れを受けざるを得ない状況にあるというものであつた。

(二) これに対し、父母側から「全面受け入れは、子供のためにならないので絶対に反対である」「校長が反対できない状況にあるなら、親が反対する」との意見や「教室、校庭の使用方法等について説明をして欲しい」などの発言があつたが、同校長は「親には反対する資格がない」「教室や校庭の使用という問題は、親に相談して決める問題ではない」などとつつぱねるばかりで、父母の意見を真剣に聴くこともせず、また父母から出た質問についても、誠意を持つて答えようとする姿勢もみうけられなかつた。

同校長は、六月一九日の幼稚園の父母に対する説明の際、千桜の全面受け入れの話は、自由民主党区議団の総意であり断れるものではないとの説明をして、父母らの了解をもとめた。

7 右のような経緯の後、相手方及び千桜小学校側は、PTA、同校OB並びに地元からの了解を取り付ける目的で、同年六月二一日、佐久間小の受け入れ問題に関する全体会を企画し、相手方側から教育長、同次長、庶務課長らが参加し、森校長以下の教員、千桜の父母OB並びに千桜の学区内の各町会の町会長などの出席を得て、全体会がもたれた(以下全体会とマうマ場合は、右のメンバーに参加を呼びかけてなされた会合をいう)。

(二) この第一回全体会において、教育次長から「全面受け入れは、佐久間小の父母らの強い要望であり、千桜の皆様のご了解をお願いしたい」旨の説明がなされ質疑に入つたところ、千桜の父母、OB並びに地元の町会長から「佐久間小の父母の意見だけを聴いて、千桜側の意見を聴かずに結論を出すことは、片手落ちである」「突然呼び出され、何の資料の配付や詳しい説明もなく、このような重大問題について、了解して欲しい、同意してくださいですむのか」「児童の教育的観点から見ても、問題が多すぎて反対である」の意見が続出し、会場は騒然とした状態となり、圧倒的な反対の声のなかで結論のでないまま閉会となつた。

8 右第一回全体会の翌日の六月二二日及び翌々日の六月二三日の両日に、千桜小の二、四、六の各学年並びに千桜幼の各クラスの父母が、それぞれクラス討論を行ない、いずれも佐久間小の全面受け入れには反対する旨の決議をして、学校側にその旨を伝えたが、森校長は、全体会での圧倒的な反対意見及び二、四、六年並びに幼稚園の各クラスでの反対意見を無視して、昭和五九年六月二三日、相手方に対し佐久間小を千桜で全面受け入れするとの回答をした。

9(一) この回答のあつた翌日の六月二四日から、千桜の父母らによる佐久間小の全面受け入れ反対の署名運動が始まり、これを知つた学校側は、クラス討論を終えていない一、三、五の父母に対し、緊急父母会を招集した。

(二) 緊急父母会において森校長は、「佐久間小の受け入れ問題については、全面受け入れということで結論をだしたので、一、三、五年はクラス討論をする必要がなくなつた。かような事情となつたので、佐久間小の受け入れ問題について合同説明会を開くことにした」旨を告げ、「現在、反対の署名を集める動きがあるが、そのようなことをすることは、子供達のためにならないし、私は、体を張つてこれを阻止する」と断言し、強圧的な態度で反対派の押さえつけをはかつた。

(三) さらに、同校長と千桜のPTA会長坂下賢三は、右父母会において、こもごも「学校が態度を保留すると、いたずらに混乱を生じ子供達に悪影響を及ぼすことになるので、全面受け入れの方向で進むこととした」「敢えて反対することは、千桜百年の歴史に、汚点を残すことになる」また「区の意向に反することは、千桜の利益にはならない」「区議会もその方向で動いているし、議員の中にはあからさまに圧力をかけてくる人もおり、このまま頑張ると千桜はないものになる。区教委が、良い先生を送らなくなつたり、設備の改善等も先送りとなる。ひいては廃校につながるという趣旨」などの旨申し向け、父母らを威圧し反対意見の封じ込めをなした。

10(一) 第二回全体会が、同年六月二七日に開かれた。同会において、森校長及び坂下PTA会長の両名は、佐久間小の全面受け入れは既に決定したことであり、千桜としては、受けざるをえない状況にあるので、これを受けますと宣言し、父母からの反対意見や相手方に対する質問を一方的に切り捨てて議事の進行を計ろうとしたが、地元の町会長らが「地元に一言もなく、佐久間小側の意見のみを聴いて、千桜全面受け入れを決定したと言われても承服出来ない。また、OBが寄付を出しあつて作つた視聴覚教室等を取り壊すことは、許せない」という意見が強く打ち出され、父母からも「千桜の父母の意向を無視してなされた決定には、承服できない」との発言が相次いだ。そして、地元関係者並びにPTAから、千桜の全面受け入れの白紙撤回を求める意見が多数だされた。

(二) そこで、野賀章宣教育長から「もう一度始めに戻して考えましよう。一年かかつても良いのですから」との発言があり、佐久間小の受け入れ問題を検討するための検討委員会が、設置されることとなつたが、当該委員会の目的、権限、構成といつた事項については、全く不明のままにされた。

(三) 検討委員会のメンバーは、相手方ないし学校側が、千桜小及び千桜幼の父母の代表として各クラス二名、千桜の教諭から四名及び現PTAの角地隆光、校医の加賀山輝雄、元PTAの瀧正雄の三名とすることに決め、父母の代表以外は学校側が全て選考し、委員会の座長も学校側の指名した角地隆光が就任した。学校側の決めたメンバーからは、地元の代表は除外された。

11(一) 検討委員会は、同年七月十二日、同月十七日、同月十八日、八月九日、八月三〇日の計五回行われたが、千桜の父母達は、相手方が全面受け入れを白紙撤回したのだから、佐久間小の受け入れについて、①仮校舎を建築する案 ②分散受け入れをする案 ③全面受け入れをする場合は、どの施設が適当かという問題から、検討をするべきであると主張したのに対し、座長の角地は、相手方は千代田区の教育についての根本機関であり、相手方が千桜の全面受け入れが適当であると決めたのだから、全面受け入れを前提としてのみ検討をすれば足りるのだと主張し、この方針にそつて検討委員会を進行しようとしたため、議論は出発点でゆきづまり、第一回から第三回までは右の点に関する議論に始終し何らの進展もなかつた。

(二) そして、第三回の検討委員会で、千桜の各クラスの意見を再度まとめることとなり、各クラスでそれぞれ討議を行つた。その結果、六年を除く全てのクラスで意見書が作られ、それらのいずれもが、佐久間小の全面受け入れには反対するというものであつた。

(三) 同年七月三〇日、右各クラスの全面受け入れ反対の結論を知つた、森校長と坂下PTA会長は、これに激昂して、各クラスの意見を届けた父母らに対し「千桜の全面受け入れは、千代田区自由民主党の総意であつて、区議会も一致して賛成しているのであるから、この申入れを断ることは、千桜の廃校に通じ、千桜は瓦礫の山となり、千代田区の孤児となるだけである」旨の発言をしているが、右は政党及び議会が千代田区の教育問題に対し、不当な介入が行われていたことを明らかにしている。

(四) その後、第四回、第五回の検討委員会が行われたが、意見の一致を見い出せなかつたばかりか、真剣な議論が行われる環境すらできなかつた。

12 第三回全体会が、同五九年九月三日、従来のメンバーに加え、区議会議長、区助役、各党幹事長外二名の区議会議員の主席を得て行われたが、質疑応答に入るや反対意見が続出し、ついには議長が激昂するなどに至り、会場混乱のうちに閉会となり、何の結論も得られなかつた。

13 右全体会で了解を得られなかつたため、相手方の意を受けた森校長側は、九月六日、七日の両日、千桜において父母に対し、佐久間小の全面受け入れに関するアンケート(このアンケートには、千桜のほぼ全員の父母が参加した)を実施した。このアンケートは、記名式で父母を教室に押し込め、出入り口を教職員が固めた上、アンケート記入中に教頭が教室内を徘徊し、「全面受け入れに納得できないと書いたら、学校並びに私達職員を信頼していないものとみなす」「納得しない人には、個々に学校に来て納得してもらうことになる」さらには「学校にたてつくのか」「さつさと書け」「相談せんと書けんのか」などと発言する異様な雰囲気のもとに行なわれたものであつて、事実上強要する極めて不公正なものであつた。その結果は、相手方の発表によれば、明確な反対意見は一七%であつたということである。

14(一) 右のアンケートは、事実上賛成意見を強要する形で収集されたものであり、これを下敷きにして千桜の全面受け入れを決定されることを阻止するため、千桜の父母達は、九月九日、区議会議長に対する陳情のための署名運動を開始した。

(二) これと平行して、九月一一日、千桜の父母らが千代田区長加藤清正に面会し、千桜の全面受け入れについて再検討を求める旨の陳情を行ない、加藤区長より「この様な事態にして申し訳ない、お母さん方の意見はもつともです。教育と文化の町は、私が宣言したのだから、佐久間小の改築問題については、区体育館を使うか、あるいは、三井記念病院に私からお願いに行つてプレハブ校舎を建てるなどの別な方法で改築を行うよう再検討いたします」との回答を得た。

なお、この席には、野賀教育長が同席した。

(三) 九月一九日、千桜のPTAらは、四七三名(最終的には、約五三〇名)の署名を集めて、内田区議会議長宛に千桜の全面受け入れ反対の陳述書を提出した。

15 しかしながら、相手方は、昭和五九年九月一八日の定例委員会会議において、千桜の父母らの強い反対にもかかわらず、佐久間小の仮校舎を同小の改築期間中、千桜小及び千桜幼の施設内に設置することを最終的に決定した。

16 現在千桜においては、昭和六〇年四月の佐久間小の全面受け入れのための各種改装工事が行われている。

二 本件処分の存在と申立人らがこれを知つた時期について

1 前述の事実経過の中で、相手方が昭和五九年九月一八日の定例委員会会議において、佐久間小の仮校舎を千桜の施設内におくという方針を最終確認したことは、「千代田区立佐久間小学校の改築期間中の仮校舎を同区立千桜小学校及び千桜幼稚園の施設内に設置する」との行政処分(以下、本件処分という)である。

2 申立人らは、昭和六〇年二月二二日、千代田区役所内相手方事務室において行なわれた、申立人代理人弁護士と相手方事務局との交渉の席上、相手方内部において昭和五九年九月一八日前記処分がなされた事実を初めて知った。

三 本件処分の内容について

1 本件行政処分は、佐久間小の改築に伴い、その仮校舎を千桜小及び千桜幼の施設内に設置するものであり、その内容は、今年の新学期の開始時から同改築工事の工期とされている昭和六二年八月末まで、佐久間小の全職員と全在学児童を同施設内に移し、同一施設内で別個の組織体として学校運営を行おうとするものである。なお、佐久間小の在学児童は、現在一二学級三二一名であり、相手方の説明によると今年の新学期から一一学級編成となるとのことである。

2 本件行政処分が執行されることになると、その結果として、本件施設内には独自の校風を持つ個性の異つた二校が約二年半という長期にわたつて同居することになり、同施設は、これまでにおいても狭陋であつたのが、小学校だけをみても、これまでの七学級二〇〇名余から一挙に一八学級で五〇〇名を超える児童数となり、なお、一層狭陋となる。ことに児童の運動場及び遊び場に供されている校庭は、児童一人当りプールを含めて1.16平方メートルとなり、心身共に生長発達期にあつて、教育上最重視される運動、遊びが制限されざるを得なくなることは、きわめて明らかなことである。のみならず、一一学級の児童を新たに受け入れるための一一の普通教室について、これまでの特別教室等を改築して、これを普通教室とすることになる。この結果として、同施設内における児童は、きわめて劣悪な教育条件のもとにおかれることとなる。

3 なお、右の校舎改装と施設の使用区分についての相手方の説明によると、別紙校舎平面図(二)に示すとおりである。これによると

(一) 普通教室については、佐久間小は、主として校舎の三階部分を使用し、千桜小と千桜幼は校舎の一、二階を使用し、特別教室は両校の共用となる。

(二) 特別教室であつた家庭科室、家庭準備室、児童集会室(特別活動室)、図工準備室及び理科資料室は、いずれも普通教室に、特別教室である視聴覚室は、普通教室と千桜小学校の校長室にそれぞれ改装される。普通教室となるこれまでの家庭科室の代替として、音楽準備室とこれに接する廊下全部(右図面の青色部分)をつぶして家庭科室に改装する。この結果、これまであつた視聴覚室、理科資料室、家庭準備室、音楽準備室及び児童集会室(特別活動室)はなくなることになり、代替として音楽準備室をつぶして作られる家庭科室は、従前のものよりかなり狭いものとなる。

(三) 二階の「幼」とある部分は、五〇周年記念の際に父兄等の寄附によつて作られた部屋で、「みんなの部屋」と呼ばれ、園児及びその保護者の特別な活動に供されてきた部屋であるが、普通教室に改装される。二階の会議室はこれまでPTA活動等に使用されてきたものであるが、これも普通教室に改装される。三階のことばの教室、二階の会議室、一階の校長室及び更衣室もそれぞれ普通教室に改装される。なお、一階の印刷室は千桜小学校の女子更衣室に、同階の倉庫は千桜小の男子更衣室に改装される。

(四) 二階のベランダとある部分には、佐久間小の職員室がプレハブ造りで増設される。なお、学校保健法一九条に基づき設置しなければならない佐久間小の保健室は用意されていない。

(五) 右の改装工事等は、相手方によつて現に遂行されつつある。

第三 本件処分の違法性

一 児童及び父母の教育条件整備要求権

1 憲法二六条一項は「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」と規定し、「国民の教育を受ける権利」を保障している。この権利がいわゆる自由権の一つとしての「教育をうける自由」を超えて、国家により積極的に保障されていくべき社会的・生存権的性質の人権であることは憲法の文理上も明白である。同条は、福祉国家の理念に基づき、国が積極的に教育に関する諸施設を設けて国民の利用に供する責務を負うことを明らかにしたものである。最高裁大法廷昭和五一年五月二一日判決(いわゆる学 ママ判決)もこれを明確に認めている(刑集三〇巻五号六三三頁)。

つまり、国家は、子供の教育を受ける権利を実質的に保障するために、教育条件整備義務を負つているのである。憲法二六条二項後段が「義務教育は、これを無償とする。」と規定しているのも、国家の教育条件整備義務の最も基本的部分を宣言したものに他ならない。

この国家の教育条件整備義務に対応して、児童及びその保護者である父母には国家に対する教育条件整備要求権が憲法上の「教育を受ける権利」の一内容として保障されていると解される。

2 右に述べた国家の教育条件整備義務は「教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行なわなければならない。」と規定する教育基本法一〇条二項において確認され、法律上の義務とされることは疑いない。すなわち、教育基本法一〇条二項は、児童及び保護者の教育条件整備要求権を憲法二六条一項に基づき同条項よりもさらに具体的に保障するものである。

3 憲法及び教育基本法によつて保障されている右の教育条件整備要求権は、本来、より良き教育条件(物的環境)教育内容の充実)を要求することを目的とし、現在よりさらに良い教育環境を求めることを目的とする積極的意義を有するものである。

しかし、権利の性質上、右権利の中には、少なくとも①現在享受している教育条件をみだりに悪化されない権利及び②最低の教育各件を享受する権利が含まれていることも理の当然というべきである。

二 本件処分による千桜の教育条件悪化

1 物理的施設条件の悪化

(一) 現在の施設条件

(1) 千桜小及び千桜幼の施設規模は、前記第一、二、記載のとおりであるが、現状においてすら運動場(校庭)が狭い等の問題をかかえている。

すなわち、千桜の運動場面積は、プール全部を含めて六七二平方メートルしか無く、これを小学校二〇八名、幼稚園五〇名の合計二五八名の児童及び園児が共同使用しているものであつて、児童園児一人当りの運動場面積は2.6平方メートルしか無いのである。

(2) 学校教育法施行規則一条一項は「学校には、その学校の目的を実現するために必要な校地、校舎、校具、運動場、図書館又は図書室、保健室その他の設備を設けなければならない。」と規定し、同一六条は「小学校の設置基準は、この節に規定するもののほか、別にこれを定める。」と規定している。これらによれば、本来、文部省によつて、小学校の施設の最低基準が速やかに制定されなければならない筈であるが、現在までにこれが制定されていない。

しかし、幼稚園については、幼稚園設置基準(昭和三一年文部省令三二号)が制定され、同基準附則3は運動場の面積をクラス数に応じて規定し、千桜幼のような三クラスの場合は四〇〇平方メートルを要求している。一方、同基準三条は一クラスの園児数を最高四〇人と規制しており、四〇〇平方メートルの運動場に受け入れられる最大園児数は三クラスで一二〇人ということになる。したがつて、同基準は園児一人当りの運動場の最低面積を三クラス規模の場合3.3平方メートルを要求していることになる。

また、高等学校についても、高等学校設置基準(昭和二三年文部省令一号)が制定されており、同基準一七条は運動場の生徒一人当りの標準面積を三〇平方メートルと規定している。

なお、小、中学校については設置基準が未制定であるが、文部省管理局教育施設部が昭和三一年四月に作成した「校地面積基準案」によれば、七クラスの小学校の屋外運動場基準面積は五、二〇〇平方メートルとなつており、これを一人当りの面積に換算(学校教育法施行規則二〇条は小学校一クラスの最高児童数を五〇人としており、七クラスで三五〇人となる)すると14.8平方メートルとなる。

(3) 以上のとおり、千桜の運動場面積は現状(一人当り2.6平方メートル)ですら極めて狭く、小学校の基準案(一人当り14.8平方メートル)に遠く及ばないのは勿論のこと、幼稚園設置基準(3.3平方メートル)をも満たしていないのである。

(二) 相手方の工事計画

以上のとおり、現在でも極めて狭あいな千桜の施設内に佐久間小を併設しようという相手方の構想に基づき、佐久間小受入れのための千桜施設改装工事が着々と進行中であるが、その工事計画の概要は、前記第二、三、3に記載のとおりである。

(三) 工事完了後の施設条件の問題点

(1) 法令違反

相手方の計画は、現状ですら狭あいな施設に一挙に二倍以上の児童をつめ込もうというものであるから、施設条件の劣悪化は目に見えており、施設の安全面において様々な問題点を発生させている。そのうち、法令違反を引き起こす点だけでも次のとおりである。

① 二階ベランダへの職員室増築

相手方は、千桜の現在の施設を改装して佐久間小受入れに必要な教室等を確保しようとしたが、佐久間小の職員室だけは現在施設の改装では間に合わないため、職員室だけはプレハブによつて増築することを計画した。場所は一階千桜小保健室上の二階ベランダ部分である。

この計画は、第一に建築基準法が定める床硬度条件に違反するおそれが極めて強い。すなわち、同法三六条、同法施行令八五条一項により事務室の床強度はm2単位三〇〇キログラムの強度が要求されているが、床となるべきベランダの強度は、この校舎自体が昭和四年に竣工し、かなり老朽化した建物であることを考慮すると法令の基準を満たしていない可能性が強いのに、相手方において事前にこの強度を実測調査していない。

第二に、このプレハブ職員室が増築されると、北側に隣接の教室(現在、千桜小の一年生が使用中の教室)の採光が極めて悪化する。建築基準法二八条同施行令一九条二項は、学校の教室の採光を確保するため窓等の採光有効部分面積を床面積の五分の一以上要求しているが、右教室は南側に接してプレハブ建物が増築されることにより、南側窓のほとんどは採光上有効では無くなり、右法令の条件を満たさなくなる。なお、本来、学校の校舎は耐火構造でなければならないところ、二階部分に耐火構造ではないプレハブ建物を増築することは、相手方の説明によると、建築基準法八五条四項の許可を得たとのことではあるが、学校建築の安全性に配慮している同法の精神に反するものである。

② 二階会議室及び三階ことばの教室の改装

右二室は、校舎全体の南西部に位置し、二階、三階の同じ部分にあるが、いずれも佐久間小の一般教室用に改装された。

しかし、右各教室は面積が約六二平方メートルあるのに、角部屋に当るため、廊下に接する出入口は各一ケ所しかない。

東京都建築安全条例一四条は、床面積が四〇平方メートルをこえる学校の教室は廊下に面して二ケ所以上の出人口を設けなければならない旨規定している。これは非常時の児童の避難路を確保するために児童の身の安全に配慮して設けられた規定であり、故意に違反した建築主には罰則規定が適用される(同条例八〇条二項)。

相手方の改装工事はこのような重要な条例規定に故意に違反するものであり、児童の身の安全を第一に考えなければならない筈の相手方教育委員会のなせる行動とは信じられない。

(2) その他

① 運動場等の超過密化

前述のとおり、現在の状況においても千桜の運動場は児童、園児一人当り2.6平方メートルしかない。そこへ佐久間小の児童三二一人が一挙につめ込まれることになれば、一人当りの運動場面積は1.16平方メートルになつてしまう。これでは全児童園児が運動場に出たら立つているだけで一杯となり運動場としての機能を果すことは不可能であり、児童らの事故発生の可能性が増大する。

また、運動場と並んで児童らの体育学習の場や遊び場となるべき屋上や講堂にしても一人当りの面積が一挙に二分の一以下に激減してしまうのであり、児童の体育学習条件及び児童の健全な発育のために必要とされる遊び場の条件が劣悪化することが明らかである。

② 講堂の出入口について

従前、講堂に通じる二階音楽準備室の西側が約三メートル巾の通路となつていたが、この通路部分が音楽準備室と共につぶされて、家庭科室に改装された。このため、従前は二階から児童らが講堂へ出入りできたのであるが、今後は校庭からの階段で出入りするだけとなつた。二ケ所ある階段は一メートル巾と1.2メートル巾の狭いものであり、講堂への出入りがスムーズにいかず、児童らの事故に結びつく可能性が大である。

③ 特別教室及び準備室の減少

従前、千桜小の特別教室は、理科室、理科準備室、理科資料室、視聴覚室、音楽室、音楽準備室(以上は二階)、図書室、家庭科室、家庭科準備室、児童集会室、図工室、図工準備室(以上は三階)の合計一二室あつたところ、佐久間小受入れのために、うち理科資料室、視聴覚室、音楽準備室、家庭準備室、児童集会室、図工準備室が一般教室確保の犠牲となつて無くなる。

しかも、残る理科室、理科準備室、音楽室、図書室、家庭科室(但し、面積が四分の三になる)、図工室は全部、千桜小と佐久間小の共同利用施設となり、千桜小の意向だけでは同小の児童が自由に使えない状況となり、理科、音楽、家庭科、図工等の学習条件が悪化することが明白である。

2 児童に与える影響

(一) 幼児・学童期の教育環境の重要性

言うまでもなく、幼稚園や小学校に在園、在学する満三才〜一二才の時期は、幼児・学童にとつて心身共に急激な成長、発達を遂げる時期であり、人や物事に能動的、活動的に働きかけてゆく力を身につけるための人間にとつて最も重要な期間である。この期間における教育目標は、学校教育法第一八条・第七八条に定められている通りであり、「人間相互の関係についての正しい理解と協同」「自主及び自律の精神の涵養」「健康、安全で幸福な生活のために必要な習慣を養い心身の調和的発達を図ること」等が特に重視されている。また、近時小学校においては、学習指導要領の改定(昭和五五年四月一日より施行)に伴い、教育課程の改善の基本方針として、①体育の重視及び知・徳・体の調和のとれた人間性豊かな児童の育成②ゆとりのある充実した学校生活の実現などが強調されており(昭和五二年八月一五日、文部省事務次官通達、文初小第三一五号)、これらの基本方針は、単に狭い「教科」だけのものではなく、学校生活全般についての方針と解すべきものである。

これらの教育目標や基本方針を達成するためには、それにふさわしい教育環境がぜひとも整備されなければならない。

一般に「環境が人をつくる」という面を軽視すべきではないが、幼児・学童の場合は正に成長・発達の途上に置かれているのであり、特に良好な教育環境(物的設置に限らない広義の教育環境)の整備を何よりも心掛けるべきである。

しかるに、以下述べる如く、本件処分によりもたらされる申立人らの児童の教育環境は極めて劣悪なものであり、児童に教育面、精神面において重大な悪影響が生ずることは必至である。

(二) 児童に与える悪影響

(1) 異質の学校の併存による教育の混乱

学校とは、単に教育の物的設備を提供する場というだけではなく、それぞれの学校が独自の伝統と教育方針(いわゆる校風)を有し、教職員、児童、父母、地域住民により支えられて作り上げられた教育のための有機的な組織体である。

本件処分により、異なる個性を持つ二校が長期間に亘り同一施設内に併存することになるが、その結果として両校の校風や教育方針の衝突・混乱、教師集団の不統一、児童集団相互の対立・反目というような事態が生ずることは必至であり、これらを回避するためには、いきおい児童に対する管理・監督を強化せざるを得ず、そのことがさらに混乱をもたらすという悪循環を生むことも明らかである。

(2) 物理的環境条件の悪化による児童の欲求不満

すでに述べた通り、本件処分により児童をとりまく物理的環境は急激に悪化することとなる。校庭や屋上、講堂だけをとつても児童一人当りの専有面積は極度に低下し、体育の教科内容や休憩時間の生活、放課後の課外活動等に重大な支障を生じることは明らかである。加えて、事故防止等の見地から校庭等の使用に関し児童に対する禁止・監督が一層強化されることも必至であり、そのことは、ただでさえ心と身体のバランスを崩しやすいこの時期の児童一人一人にとつて、心理面での欲求不満が一層亢進することを意味する。体育や遊び時間に十分発散できない児童が「学校ぎらい」になつたり、欲求不満のおもむくところ「弱い者いじめ」に走つたり、この時期に顕著な集団化傾向が悪い方向で出現して他校児童間で集団的な抗争を起こすことを十分予想されるところである。

(3) 教師の多忙化

本件処分による長期間に亘る二校併設という異常事態は、教師集団に対しても、カリキュラムや諸行事の調整、生活指導の強化、事故防止対策、問題発生に対する処置等の面で全く新規かつ困難な課題を提起し、負担を強いるものである。その結果、現状でも多忙な教師がより忙殺されることは明らかであり、教科準備の不足、教科内容の不達成、児童一人一人に対する把握の低下、教師の孤立化と教師集団の不統一などの悪影響が生じ、このことは児童一人一人にとつては、教師や学校との関係が稀薄化し、孤立化してゆくことを意味している。そのような中で、児童に「登校拒否」「いじめ」「非行」等の様々な否定的現象が生じやすいことは言うまでもない。

(4) 学校と教育の荒廃のおそれ

本件処分の結果もたらされるものは、成長・発達途上にある幼児・学童にとつても最も避けなければならない教育環境の激変であり、劣悪化である。それによつて生じる悪影響は、以上に述べた諸点に決して止まるものではなく、特別教室の減少に伴う教科内容の低下、児童数の急増による精神的圧迫感や多動(落着きのない状態)化現象、精神的ストレスによるノイローゼや心因性疾患の発生等々、むしろ全く予想もできないような学校と教育の荒廃のおそれが存するという方が正確である。確実に言えることは、前記のようなこの時期の教育目標や学習指導要領で強調されている基本方針との関係では、児童にとつて最悪の環境が出現するという点である。

まして、学校教育をめぐり種々の問題点が論議されている今日、教育に責任をもつ相手方自身によつてこのような処分が為されたことは極めて問題である。

相手方も認めるように、本件処分のような仮校舎の全面受入れは全く初めての試みであるとするならば、相手方は、最も重視すべき児童に与える影響について、これまで真剣に検討したのであろうか。極めて疑問である。

三 本件処分の違法性

1 以上のとおり、相手方の本件処分は千桜の児童園児の教育環境を物心両面において著しく劣悪化するものであるから、申立人ら及び児童に憲法上及び教育基本法上保障されている教育条件整備要求権ひいては教育を受ける権利を侵害するものとして違憲違法である。

申立人らは、申立人ら及び児童の教育条件整備要求権が正当な理由に基づき受忍しうる限度において制約をうけることがありうることを否定するものではない。しかしながら、相手方の今回の本件処分はいかなる観点からも正当な理由を見い出すことができず、かつ、本件処分による制約も申立人ら及び児童の受忍限度をこえるものであり、結局、本件処分を正当化することはできない。

(一) 本件処分の動機

相手方が佐久間小の改築期間中の仮校舎を千桜の施設内におくことを決定した最大の動機は、経済的理由からであつた。

すなわち、小学校等の改築期間中の仮校舎は、自校敷地内処理が原則であり、当初佐久間小の場合もそのように予定されていたのであるが、佐久間小の改築については、区民館や住民集会堂等の公共施設を併合した複合施設が計画されたため、計画建物規模が通常の学校改築だけの場合に比して増大し、仮校舎の自校敷地内処理が困難となつたのである。そこで、相手方としては佐久間小の仮校舎の候補地を他に求めざるを得なくなつたのであるが、幸いにして佐久間小の東側には同小の敷地に接して千代田区立和泉公園がある。この公園はおよそ五〇〇〇平方メートルの面積を有するものであり、佐久間小の仮校舎用地としては位置といい、広さといい絶好のものであった。

したがつて、佐久間小の仮校舎は通常誰が考えても和泉公園内に設置されるべきものである。

ところが、相手方は、和泉公園内に校舎を建設するよりも既存の他の区立小学校内に受け入れさせた方が資金的に安上りになることを第一に考え、その結果、本件処分をなしたものである。

(二) 受忍限度をこえる条件劣悪化

教育条件劣悪化の実情については、前記二に述べたとおりであり、到底、申立人ら及び児童が受忍すべきものではない。

しかも、通常、小学校の校舎の改築期間は一年間程度であるが、佐久間小の改築は前述のとおり複合施設が計画されていることからその工事期間は約二年半にも及ぶものであり、そのような長期間にわたつて千桜の児童らが犠牲となるべき理由は全く見い出せない。

2 また、本件処分に基づき劣悪化される千桜の施設条件(特に、児童一人当りの面積が1.16平方メートルとなる校庭)は、もはや法が予想する小学校としての最低施設条件をも満たせないものというべきであり、それはいわば校庭を欠く小学校施設ともいうべきものである。学校教育法二九条は「市町村は、その区域内にある学齢児童を就学させるに必要な小学校を設置しなければならない。」と規定しているが、この趣旨は、小学校であればどんなものでも良いというのではなく、最底ママ限度の施設条件を有するものでなくてはならない(同法三条参照)。千桜の校庭は一人当りの面積が1.16平方メートルとなり、それは前述のとおり、もはや校庭とはいえないのであるから、かような事態を招く相手方の本件処分は学校教育法の右各条項に違反するものである。

3 以上、本件処分の違法性は明白であり、取り消されるべきものである。

第四 執行を停止すべき緊急の必要性

一 小学校教育及び幼稚園教育は、精神並びに身体の基礎的発達段階における教育課程であり、基本的重要性を有するものであることは言うまでもないが、中高等教育課程においては、教育のやり直しないし再教育の可能性を残しているのに対し、小学校教育及び幼稚園教育は、再教育不能な初等教育課程である点顕著な特徴を有する。

したがつて、一度初等教育課程において児童らの教育を受ける権利が侵害された場合には、当該侵害を回復することは不可能であり、また、当該児童らの受ける教育に関する侵害は、その教育の性質上、金銭賠償によつて補填され得るものではない。

二 ところで、相手方は、既に千桜小及び千桜幼稚園の施設の改装工事を開始しており、昭和六〇年四月八日ころには、佐久間小の児童ら約三〇〇名並びに教職員が千桜の施設内に転入して来ることは必至であり、佐久間小の児童並びに教職員の千桜の施設内への転入を許すならば、千桜小及び同幼稚園に通学通園している申立人らの児童らが、これまで享受してきた人格形成上良好な教育環境は、本件処分により失れるのみならず、前記のとおり教育環境の著しい悪化低下をもたらすものであり、申立人らが、回復不能の損害を被ることは、明らかである。

行政訴訟においては、本案判決の確定まで数年を要するのが通常であり、本件佐久間小の仮校舎を千桜の施設内に設置する旨の処分の執行を許し、二つの小学校と一つの幼稚園の併設を実行させてしまうならば、本案において勝訴判決を得ても、申立人児童らに保障されるべき最低限度の教育環境の中で、安全かつ健全な教育を受ける権利並びに申立人父母らの教育権は、全く保障されないのやむなきに至る。

三 よつて、申立人らには本件処分の執行を停止すべき、緊急の必要性があること明白である。

第五、結語

よつて、申立の趣旨記載のとおり執行停止の裁判を求める。

疎明方法

疎甲第一号証ないし第 ママ号証

付属書類

一、疎甲号各証写 各一通

一、訴訟委任状  六通

別紙(二)

千代田区教育委員会(以下区教委という)のなした本件仮校舎設置処分は、左のとおり千桜小学校及び同幼稚園(以下千桜というときは、千桜小学校及び同幼稚園の双方を含むものとする)に就学する児童、園児並びにその父母である申立人らに対し、千桜の施設内において佐久間小学校の児童との共存就学を強制するという内容を包含する処分であり、これら具体的な私人を相手方として行われる処分と認められる。また、右処分は、千桜における教育環境を著しく劣悪化され、これにより、憲法二六条が保障する教育を受ける権利並びに教育基本法一〇条二項が児童、園児及びその父母に保障する教育条件整備要求権を侵害するものである点、私人の権利義務に直接の影響を及ぼすものであるから、行政訴訟法三条二項が取消訴訟の対象とする行政処分に相当するものである。

一 地方公共団体に置かれる教育委員会は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律二条(以下地教行法という)により設置される教育行政の執行機関である。右教育委員会は、当該地方公共団体における教育行政事務のうち、長の権限に属するもの以外の全ての教育事務を担当するものであり、地教行法二三条は、教育委員会が処理すべき教育行政事務を一号から一九号に列挙している。

二 1 本件における仮校舎設置処分は、地教行法二三条一、七号に定める学校の設置、管理権限並びに校舎その他の施設に関する権限及び同条四号の定める児童らの就学に関する権限に基づき、区教委がなした行政処分である。

2 すなわち、本件仮校舎の設置処分は、物理的に佐久間小の仮校舎を千桜の施設内に設置し、佐久間小の改築期間中、同小を千桜の施設内に置くという内容を有するのみならず、千桜と佐久間の児童、園児らに対し、教育環境の著しい劣悪化を余儀マさマせられる千桜の施設内において、共存就学を強制することを内容とする処分にほかならない。つまり、本件処分は、①区教委が教育機関たる千桜小、佐久間小及び千桜幼稚園に対する設置、管理権の行使としての仮校舎の設置という内容②千桜の児童、園児並びに申立人ら父母に対し、佐久間小の改築期間中同小の児童と千桜の施設内で共存就学を命ずるという内容 ③佐久間小の児童並びにその父母に対しては、右改築期間中の就学場所を千桜の施設内の仮校舎とし、同施設内において千桜の児童、園児と共存就学を命ずるという内容を有する処分行為である。かように、本件処分は、多面的な性格を有する点特長がある。

3 そして、右②③の意味において、本件仮校舎の設置処分は、具体的な私人に対する処分として、行政行為性を有することになる。

三 右のとおり本件仮校舎設置処分は、そもそも狭あいな校地しか有せず、特に体育、遊びという場面において、児童、園児に対する良好な教育効果が十分に期待できない現状にあるとすらいえる千桜の教育施設内に、千桜よりさらに大規模な学校を併設し、劣悪化した教育環境下における、児童、園児らの共存就学を強制するものにほかならず、右処分によつてもたらされる教育環境の悪化低下は、執行停止の申立書第三記載のとおり、憲法二六条が保障する国民の教育を受ける権利並びに教育基本法一〇条二項が児童、園児及びその父母に保障する教育条件整備要求権を直接侵害するものであるから、本件処分が行政訴訟法第三条二項の行政庁の処分に該当するものとし、行政訴訟の対象となるというべきである。

四 ちなみに判例の見解によれば、取消訴訟の対象となる行政庁の処分とは、公権力たる国または地方公共団体が行う行為のうちで、その行為によつて、直接国民の権利義務を形成し、またはその範囲を確定することが法律上認められているものをいうとされているが(最判三〇年二月二四日・民集九巻二号二一七頁、同三九年一〇月二九日・民集一八巻八号一八〇九頁)、右にみたとうり本件仮校舎設置処分は、区教委が地教行法二三条一、四、七号に基づきなした行為であり、当該行為が申立人らの教育を受ける権利並びに教育条件整備要求権を侵害し、申立人らの権利に直接影響を与えることが明らかであるから、判例の見解によつても、本件区教委のなした仮校舎設置処分は、行政訴訟の対象となる行政処分であるといえる。

五 以上のとうり、千代田区教育委員会が、昭和五九年九月一八日になした佐久間小の改築期間中の仮校舎を千桜の施設内に設置するとの本件処分は、行政訴訟の対象となる行政処分に該当するものである。

別紙(三)

却下を求める理由

第一 事件の経緯

一 佐久間小学校の改築及び一時移転に至る経緯

(一) 改築の必要性

1 東京都千代田区立佐久間小学校(以下「佐久間小」という。)は、明治三五年一一月九日、東京市佐久間尋常小学校として開校した。同校の校舎は八年一〇月一六日、現在の千代田区神田和泉町一番地上に鉄筋コンクリート三階建で築造された。そして、翌昭和九年四月に、同校に佐久間幼稚園(以下「佐久間幼」という。)が併設された。

昭和二〇年三月一〇日、同校舎は米軍の空襲により羅ママ災し、使用不能の状態となつたので、同日、佐久間小は廃校となつた。

2 佐久間小は、昭和二四年四月四日、校舎をモルタル等により必要最小限度の補修をして復校した(疎乙第一号証)。

3 その後、昭和四六年に東京都建築材料検査所が千代田区内の公共建築物等耐震診断を実施したところ、佐久間小は、コンクリートの圧縮強度がD、コンクリートの中性化がC等の状態であり、優先的に改築等の措置が望ましいとの総括的判定がなされた(疎乙第二号証)。

4 昭和五四年三月、佐久間小の北側校舎の屋上校庭側フェンスの全部が強風により倒壊する事故が発生した。そのため、東京都千代田区教育委員会(以下「区教委」という。)は、同年四月から五月にかけて、右フェンスの改修工事をしたところ、屋上その他の箇所から亀裂等が発見され、右都建築材料検査所の検査結果以上に同校舎の考朽化が進んでいることが明らかとなつた。

そのため、区教委は、同年八月武蔵工業大学工学部建築学科に対し、佐久間小の校舎の耐久・耐震性に関する調査を依頼した。

同年一一月の右建築学科の調査報告(疎乙第三号証)によれば、同校は強度の地震の際に校舎の倒壊等のおそれのある極めて危険な状態にあり、早期の建て替えが必要である旨の指摘がなされていた。

5 なお、佐久間小の校舎の現在の状態は、次のように極めて老朽化し、危険な状態にある(疎乙第四号証の一乃至一一)。

(1) 東棟三階の教室(二年二組)の校庭側天井の一部の厚さ約一〇センチメートルのモルタルが約一平方メートル四方にわたりはく離し、落下した。

(2) 東棟一階玄関の天井の一部の厚さ約二センチメートルのモルタルが約三平方メートル四方にわたりはく離し、落下した。

(3) 校舎三階部分の天井及び一乃至三階の窓側サッシから雨漏りがする。

(4) 校舎三階の一部教室及び廊下のコンクリートの梁が一部落下した。

(5) 各階の鉄筋コンクリートの柱がコンクリートの中性化により亀裂を生じている。

6 佐久間小の校舎の右のような危険な状態から、同校の父母より区教委に対し、再三にわたり同校舎の早期建て替えを強く望む陳情等がなされている(疎乙第五号証、同第七号証及び同第八号証)。

(二) 改築計画決定に至る経緯

1 東京都千代田区(以下「区」という。)は、昭和五三年に「千代田区基本構想」を策定し、区行政の目指すべき基本目標と、その実現のための基本的方策を定めるとともに、これを具体的な施策として実現するため一〇か年計画を立て、更に右基本計画で明らかにされた各施策を具体的に実現するため、三か年の行財政計画である実施計画を定めている(疎乙第八七号証)。

ところで、昭和五四年から同六三年度までの基本計画によれば、区立学校の改築に関しては、右一〇年間に三校を改築する計画内容である(疎乙第六号証)。

2 区は、佐久間小の前記の早期改築の必要性から同校を右三校のうちの一校に選択し、昭和五五年度から同五七年度にわたる第二次実施計画により、同校の改築に必要な調査をする等の改築計画の具体化をすることとなつた。

そこで、昭和五六年度の当初予算に右改築の調査費が計上され、調査を実施していたところ、佐久間小PTA及び付近住民から同年一一月三〇日付で同校の改築に当たつては「新校舎は和泉公園敷地に建設するよう願いたい」との陳情(疎乙第七号証及び同第八号証)が区議会に出された。

区長は、昭和五七年第二回区議会定例会において右陳情は、同校の改築計画に当たつて考慮に価する旨の答弁を行つた(疎乙第九号証)。

3 ところで、神田和泉町を含む神田東部地域については従前から区内の他の地域に比較して公共施設が少ないので、住民から保育園、区民集会室、老人のいこいの場所等の設置の要望が区に対しなされていた。

そこで、区は、昭和五八年一二月、これまでの調査及び右住民の要望等を踏まえて、従前の佐久間小の改築に係る実施計画を「小学校改築及び神田東部地域総合的公共施設建設計画」に改訂した(疎乙第一〇号証)。

4 区は、昭和五八年七月七日、佐久間小改築及び公共施設の建設は、同校の敷地と隣接する区立和泉公園(以下単に「公園」という。)の敷地(疎甲第二四号証参照)と有機的一体的に利用し、かつ、現在の形態を変更し、同校に公共施設を併設する複合施設を建設することを主要な内容とする整備方針素案(疎乙第一一号証)を定めた。

5 そして、区は、同日、右素案を具体化するに当たつて当初公園敷地に右複合施設を建築し、従前の学校敷地に公園を移設する内容の「A、B、C案」(疎乙第一二号証)を区議会、地元住民等に提示した。

6 しかし、区は、次の(1)及び(2)に述べるとおり、付近住民等の強い反対を受けたため、昭和五八年一〇月、右「A、B、C案」を撤回するに至つた。

(1) 和泉公園は、次の経緯で設置された都市公園であるので、右公園敷地に佐久間小の校舎を移転することが極めて困難であつた。

① 公園の敷地は、千代田区神田町和泉町一番地三〇〇及び同所同番三六九の土地(公簿面積合計4618.24平方メートル)であつて、かつて申立外株式会社日本通運(以下「日通」という。)が所有する土地であり(疎乙第一三号証及び同第一四号証)、右土地上には農林省東京食糧事務所が設置されていた。

② 昭和四六年頃、右事務所が他所へ移転し、日通が右土地上にトラック・ターミナルを建設する計画が明らかとなつた。

そこで、佐久間小PTA及び付近連合町会が中心となつて日通のトラック・ターミナル建設による環境悪化、交通危険を理由とする右建設の阻止のための住民運動がおこつた。

右住民運動は、更に神田和泉町周辺には緑地・公園が極めて少ないため、右土地を緑の公園とする運動へと発展し、昭和四六年九月二日には「佐久間小学校隣広場獲得促進委員会」が設立され、以後は右委員会を中心とする住民運動となつた(疎乙第一五号証)。

右委員会は、区や東京都に対し、右土地を公園用地として取得するように再三にわたり要望し、その結果、昭和五〇年七月二三日、東京都は日通から右土地を買い受けたうえ、昭和五一年七月二三日区に以下の条件で払い下げた(疎乙第一六号証)。

(イ) 売買代金 二、五七一、一一三、五九九円

(ロ) 支払方法 昭和五一年から同六〇年七月までの一〇年年賦

(ハ) 所有権登記移転時期 売買代金完済時

(ニ) 用途指定特約 昭和五三年九月一日から一〇年間公園敷地として使用

③ 区は、右土地を右経緯により取得する前後において、区立練成中学校の校舎改築を実施するために仮校舎建設用地を必要としていたが、他に右建設のための適当な土地がなかつたので、昭和五一年六月から昭和五三年八月までの間、右土地上に仮校舎を建設した。

ところが、右仮校舎の建設は、右土地の本来の取得目的に反するとの住民の強い批判を受けたため、区教委は昭和五一年五月頃、区長は同年六月頃、右土地を仮校舎として二年間使用した後は再び他の学校改築のための仮校舎として使用しない旨の約束を住民に対して行つた(疎乙第一七号証及び同第一八号証)。

④ 区は、右練成中学校の改築後、総工費約一億一千万円をかけて右土地を公園として造成し、昭和五四年四月、区立の都市公園として設置し、供用開始を行つた。

(2) 右「A、B、C案」については、前記の公園の設置に至る経緯で述べた公園開設の目的の趣旨に反し、また、公園開設後わずか数年で右公園を移設することは公園の造成のために支出した経費を無駄にする等の理由から、地元住民の強い反対を受けた(疎乙第一九号証乃至同第二一号証)。

更に、公園の北側に隣接する社会福祉法人三井記念病院及び三井記念病院高等看護学院からは、佐久間小の校舎建設に伴い入院患者、看護婦宿舎入居者及び高等看護学院学生が日照、騒音等の悪影響を受け、病院の業務運営上重大な支障が生ずることとなる旨の反対の陳情が区長に対してなされた(疎乙第二二号証及び同第二三号証)。

7 区は、昭和五八年一一月佐久間小の改築等の計画として前記「A、B、C案」に代わる第一乃至第四案(疎乙第二四号証の一乃至四)を区議会及び地元住民等に提示した。

8 区は、右提示後昭和五九年一月までの間に右の第一案乃至第四案について、地元住民に説明し、また、三井記念病院とも折衝したところ、和泉公園及び三井記念病院に対する影響が最も少ない第二案について了承を得た(疎乙第二五号証)。

更に、区は、同月、区議会の了承も得たうえ、同年四月一〇日、都市計画公園の一部変更について、区都市計画審議会の決定についての答申を受け、同年六月一九日、都知事から右変更についての承認を受けた(疎乙第二六号証及び同第二七号証)。

区は同年七月、「佐久間小学校改築及び神田東部地域総合的公共施設計画」を発表した(疎乙第二八号証)。これによつて、佐久間小の改築等の計画が確定した。

なお、この決定に前後して、本項6(2)に記載した地元住民、三井記念病院等からの反対陳情は全て取下げとなつている(疎乙第二九号証乃至同第三三号証)。

(三) 佐久間小学校及び幼稚園の一時移転に至る経緯について

1 区及び区教委は、前記佐久間小の校舎の改築計画に伴い、その工事期間中同校の児童及び佐久間幼稚園の園児の一時移転の方法を次の四案で検討した(疎乙第三四号証)。

① 第一案 和泉公園に仮校舎を設置し、改築工事を一期で行うもの。

② 第二案 改築工事を二期に分けて残校舎と学校敷地内に設置した仮校舎で授業を実施するもの。

③ 第三案 幼稚園の仮設園舎を和泉公園又は佐久間橋公園に設置し、小学校は第二案と同様自校敷地内で対応し、改築工事を二期に分けて行うもの。

④ 第四案 他校へ右児童及び園児を分散して収容し、改築工事を一期で行うもの。

2 しかしながら、右四案は、次の理由で実施が困難であつた。

① 第一案は、工期は短期である(二四〜二六月)が、前記公園設置の経緯、公園の復旧に多額の費用を要すること。

前記のとおり公園内に仮校舎を設置しない旨の区教委及び区長の約束があること及び特別教室及び給食設備の設置が困難であること等の短所があつた。

② 第二案は、工期が長期にわたること(約四五か月)、校庭及び特別教室の確保ができないこと、工事の騒音等で教育環境が長期にわたり悪化すること及び児童等の安全確保が困難であること等の短所があつた。

③ 第三案は、園児の安全性はある程度確保できるが、学校の児童に与える影響は第二案と同様の短所があるうえ、和泉公園への仮園舎の設置は①と同様の理由であり、佐久間橋公園への仮園舎の設置も付近住民の同意を得ることは困難であつた。

④ 第四案は、工期が短期間であるが、他校に分散することは児童の登下校時の安全確保が困難であること、分散化に伴い学校の一体性を欠き、一貫した教育を行うことは困難となること、更に学校、PTA及び地元住民の同意が得られないこと等の短所があつた。

3 区及び区教委は、右の理由から右第一乃至第四案の実施を断念した。

4 そこで、区及び区教委は、佐久間小の児童及び佐久間幼の園児全員を収容できる空ビル又は仮校舎を設置できる空地をさがしたが、佐久間小の児童・園児が通学・通園できる距離の範囲には右空ビル又は空地は存しなかつた。

二 千桜小への移転が決定されるまでの経緯について

(1) 前述のとおり、佐久間小及び佐久間幼の児童及び幼児の同校舎改築工事期間中の一時移転については、和泉公園への仮校舎の設置、他校への分散等の各案はいずれも実施することができなかつた。

(2) そこで残る案として既設の他校に佐久間小児童を収容することが検討された。

そして、佐久間小と距離的に近く、佐久間小の児童が通学可能な範囲にある四校(千桜小、今川小、芳林小、淡路小)(疎乙第三五号証)が移転先の候補にあがり、どこが最も適当であるか慎重に検討が進められた。

(3) 検討の結果、今川小には空き教室が全くないこと、芳林小には多少余裕はあるものの小学校を受け入れるだけの余裕はないこと、淡路小は幼稚園だけならば受け入れが可能なこと、千桜小は多少改装工事が必要となるものの一二教室が確保でき、教育課程の編成上の問題もないことが明らかとなつた。そして、このような事情を考慮すれば小学校を千桜小へ、幼稚園を淡路小に移転させることが最も適当であるという結論に到達した。

(4) 区教委は、昭和五九年五月二二日、以上のような検討をふまえたうえで、佐久間小の移転先を千桜小とすることに方針を決定した。

(5) 千桜小においては、昭和五九年五月二三日、区教委の方針が示されたため、佐久間小の受け入れにあたつて校内の問題を検討することを目的として職員六名から成る対策委員会を設置した。

対策委員会は、昭和五九年五月二九日に第一回の会議をもち、その後同年一〇月一五日まで延べ一一回の会議を行うことによつて学校側の受け入れ対策について詳細に検討し、PTAに説明するための資料の取りまとめや学校側の要望等のとりまとめを行つた。

(6)① また、千桜小においては、父母説明会を昭和五九年六月一四日(高学年対象)、同月一五日(低学年対象)の両日にわたつて開催し、さらにPTA全体に対する説明会を同月二一日(一七八名出席)及び同月二七日(一五八名出席)の両日に行つた(疎乙第三六号証)。そして同月二七日に行われた説明会においては、前述の対策委員会の取りまとめた資料(疎乙第三七号証)が配布された。

② ところが、この説明会においては質疑もかなりあり、その場で全体の意向を決定することは困難であるという意見も提出されたため、専門的に検討・審議することを目的として検討委員会を設置し、PTA全体会としては検討委員会の意見を尊重しようということになつた。

③ そしてこの検討委員会のメンバーについてはPTA会長に一任され、その結果、各学級代表二名(計二〇名)、職員六名、地域代表三名が選出された(疎乙第三八号証)。なお、申立人坂上勝一、同東恒雄、同石川勝子、同高橋紀代子、同古賀俊子及び同小山隆太郎は、このときに選出された検討委員会のメンバーの一員である。

④ 検討委員会は、合計七回の会議を行い、最終の昭和五九年八月三一日の委員会において、PTA全体会に報告するための原稿がとりまとめられた(疎乙第三九号証)。この報告案は、受け入れ容認の方向で作成され申立人らのうち、検討委員会のメンバーであつたものも報告案の作成に関与していた。そして、当日の会議では検討委員会の意見がまとまつた以上、委員会は右全体会では発言を控える旨の申し合わせがなされた(疎乙第四〇号証)。

⑤ 昭和五九年九月三日、千桜小のPTA全体会が開催され(二一八名出席)、検討委員会の報告が、座長からなされた。ところが申立人らは、前述の申し合わせにもかかわらず、座長による報告がなされた直後から勝手な発言を繰り返したため会場が一時騒然とした。しかし、それ以外の父兄は座長の報告を了承し、静かに解散した。

(7) 区教委は、昭和五九年九月一八日、第七回臨時会を開催し、同月三日の千桜PTA全体会の状況並びにその後の同月五日、六日及び七日の父母懇談会での説明の状況等の報告を受け、PTAにおいても承認があつたものと判断し、既定方針を確認したうえ今後具体的な方策に着手することを決定した。

(8) その後、申立外野村益平をはじめとする三九六名は、昭和五九年九月一九日、区議会に対し「佐久間小学校改築に伴う同校児童の千桜小学校での全面受け入れに反対する陳情」(疎乙第四一号証)をなしたが、この陳情は区議会の佐久間小・公共施設特別委員会に付託され、同月二五日、廃案となつた。

また、申立人小山隆太郎をはじめとする九九名は、昭和五九年一一月二二日、区議会に対し「佐久間小学校改築に伴なう千桜学園への佐久間小学校児童の全面受入れに関する再審議請求の陳情」(疎乙第四二号証)をなしたが、これは区議会の区民文教委員会に付託され、同月三〇日、不採択となつている。

三 仮校舎移転の具体的計画

(一) 千桜小の現状

(1) 千桜小は、敷地面積3,522.11平方メートル、校舎床面積4,633.07平方メートル、教室数二〇(普通教室七、特別教室その他一三)、児童数一九七名(昭和六〇年四月一日現在)、教職員数二七名の規模をもつた小学校であり、同小に併設されている千桜幼は、保育室四、園児三九名(昭和六〇年四月一日現在)、教職員数七名(うち園長は、千桜小校長が兼務)の規模をもつた幼稚園である(疎乙第一及び同第四三号証)。

(2) 千桜小の収容能力

千桜小の児童数は現在一九七名であるが、以前には現在の校舎に現在の二倍から四倍の児童が存在したこともある。たとえば昭和三一年には児童数八五八名、また、昭和三六年には児童数四六三名を収容していた(疎乙第四四号証)。このように従前の児童数からみれば現在の校舎設備にはかなりの余裕があるものといえる。ちなみに現在の普通教室数は七室であるが、これは現在のクラス数が七クラスであることからそうなつているだけであつて、現在の理科資料室、音楽準備室、家庭科準備室、図工準備室、資料室などは従前は普通教室として使用されていたものである。また、佐久間小が昭和二〇年三月に羅ママ災により廃校になつた際には、昭和二四年に復校されるまでの間千桜小校舎に佐久間小・千桜小の両校の児童を収容していたことも考慮すれば、校舎規模のうえでは問題ないものといえる。

(二) 千桜小に移転した後の教育計画

(1) 佐久間小改築計面によれば佐久間小が千桜小に移転している期間は、昭和六〇年四月から同六二年八月までである。

(2) そして現在千桜小で行われている改装工事は、仮設職員室の設置、図工準備室等の普通教室への改装などを目的とするもので、昭和六〇年三月三一日に完了の見込みである(疎乙第七七号証乃至同第八三号証)。

(3) 区教委では、現在、千桜小における改装工事をすすめながら、佐久間小の備品の搬入を行い、四月八日からの授業開始をめざして準備をすすめている(疎乙第七五号証及び同第七六号証)。

(4) 移転後の両校の教育課程の編成にあたつては、昭和五九年一一月以来、両校の教職員の間で一〇回以上にわたつて周到に準備・打合せ会がもたれ、昭和六〇年二月六日には、そこでの調整作業はほぼ完了している(疎乙第四五号証)。

この調整は両校の教育活動が円滑に行われるようにするためのものであり、その内容には両校が特別教室や校庭等をどのように使用するかというようなものや、両校児童の交流を図るための具体策なども含まれている。したがつてそこでの最終案は両校の教育課程編成の下敷になるものである。

そして両校では、この調整結果に基づいて自校の教育課程の編成作業に入り、昭和六〇年三月初めには、昭和六〇年度の数育課程が編成された。新たに編成された教育課程は、従前の教育課程と比較しても授業時数が減つたり指導内容が低下するというようなことは全くなく、何ら問題のないものである(疎乙第四六号証)。

そして、このように編成された教育課程は、昭和六〇年三月二七日、区教委を経由して東京都教育委員会に届け出られている(疎乙第四七号証及び同第四八号証)。

第二 申立人らの本案訴訟は不適法である。

一 申立人らは、本案訴訟の請求の趣旨において「被告が昭和五九年九月一八日付でなした千代田区立佐久間小学校の改築期間中の仮校舎を同区立千桜小学校及び千桜幼稚園の施設内に設置するとの処分」の取消しを求め、本件申立てにおいて右処分に基づく仮校舎設置の執行停止を求めている。

二 しかしながら、申立人らの主張する右の行為は、本意見書第一、二、(7)で述べたように区教委が千桜小におけるPTA全体会及び父母懇談会への説明並びに佐久間小問題検討委員会の状況をふまえて協議し、佐久間小の改築期間中の仮校舎を千桜小及び同幼稚園に設置する既定方針を確認したにすぎないものである。

三 右に述べたことから明らかなように、右の行為は、区教委の内部的意思決定であつて外部に対し意思を表示したものではなく、抗告訴訟の対象となる処分ではない。およそ抗告訴訟の対象となる行為は、法が認めた優越的地位に基づき行政庁が法の執行として行う公権力の行使にあたる行為をいうものであり、それによつて国民の具体的な権利義務に直接変動を生ぜしめるものでなければならないとされているが、申立人らの取消しを求める行為は単に行政庁の内部的な意思決定の段階にとどまつている行為であつて、これにより申立人らがその権利義務について直接の法的効果を受けることはありえないのであるから、右の行為は抗告訴訟の対象となる処分とはいえない。

四 かりに申立人らの取消しを求める行為が、区教委の内部的意思決定に基づき施行される事実行為たる仮校舎の移転行為(佐久間小の改装工事期間中、同小児童及び同幼稚園の幼児の教育する場所を仮校舎に移すにすぎない。)及びそのための千桜小の改装工事自体であるとしても、抗告訴訟の対象となる事実行為は、特定の行政目的のために国民の身体、財産等に対し直接実力を加え、もつて行政上の必要な状態を実現しようとする権力的行為でなければならない。(行政事件訴訟法第三条第二項)。

五 しかるに、仮校舎の移転行為及びそのための改装工事は、既存の佐久間小及び同幼稚園並びに千桜小及び同幼稚園における教育をより効率的、安全、快適に行うための改良工事にすぎないものであつて、直接申立人らに対し、新たに身体、財産等の侵害を加えるものでないことはもちろんのこと申立人らの通学区域、就学場所に何らの変更を加えるものではないから、右の行為及びそのための改装工事自体についてその取消しを求めることは不適法といわざるを得ない。

第三 本案について理由がない。

一 教育環境の悪化及び低下を招くことはない。

(一) 申立人らは、佐久間小の移転により、千桜幼稚園の運動場面積がますます狭くなり、幼稚園設置基準(以下「基準」という。)を満たさなくなること及び「みんなの部屋」がなくなることにより教育環境が劣悪になる旨の主張しているが、つぎに述べるとおり右主張は、何ら理由のないものであり、失当である。

1 千桜幼稚園は昭和八年九月一日に開園され、基準施行(昭和三一年一二月一三日)の際には現在していたのである(疎乙第一号証)。即ち、右幼稚園は明治六年五月に開校された千桜小の施設内に設置されており、そのことから基準附則第三項ただし書により、特別な事情があるときは、運動場についても従前の例によることができ基準を満たさなくてもよいのである(疎乙第四九号証)。

2 千代田区内は江戸時代から町人の街として栄え、人口が密集していたところから、明治時代以降学校を開設するにあたつても、広い敷地を獲得することは困難な状況にあつたのである。このことは基準が施行された昭和三一年当時においても変わりがなく、とても基準を満たすような用地取得を出来る状況下になく、特別な事情が存在したのである。現在、右幼稚園の周辺は商業地域として発展している状況にある。

3 したがつて、申立人らは基準を満たしていないと主張するが、右に述べたように右幼稚園は、もともと基準を満たす必要のない施設であり、申立人らの右主張は失当である。

4 千桜幼稚園の運動場は、佐久間小の移転により影響を受けないのである。すなわち、右幼稚園の幼児の遊び場は、千桜小の校舎の西側にある遊び場を使用しており、右遊び場は佐久間小の移転後であつても右幼稚園のために確保されるものである(疎乙第五〇号証)。

5 千桜幼稚園の幼児は校庭で遊ぶこともあるが、時間的には一時間目の授業時間(午前八時四五分から同九時三〇分まで)に限られ、右幼稚園と千桜小との間でそのように取り決めて、幼児を指導していたのである。右のことは、佐久間小の移転後においても同じであり、千桜小及び同幼稚園並びに佐久間小との間で打ち合せがなされ、合意に達しているのである。以上のことから明らかなように、校庭及び校舎の西側にある遊び場は従前どおり確保されているから、実体として幼児の遊び場が狭くなるということはない(疎乙第四五号証の固定時間割一覧表)。

6 また申立人らは、千桜幼稚園の「みんなの部屋」が改装されて千桜小の普通教室になり、右幼稚園の教育環境が劣悪になる旨主張しているが、「みんなの部屋」についてはもともと右幼稚園の幼児の保育室としては使用されていなかつたのである。すなわち、幼稚園の園舎として二階を使用する場合は避難設備がなければならないのであるが、「みんなの部屋」には右設備がないところから保育室として使用させることはできないのである(疎乙第五一号証)。

7 「みんなの部屋」は親の会議室等に使用されていたにすぎず、「みんなの部屋」が改装されたとしても、千桜幼稚園の幼児の保育には全く支障をきたさないのである。

8 以上述べたことから明らかなように、佐久間小の移転により、千桜幼稚園の教育環境が劣悪になることは全くなく、この点に関する申立人らの主張は何ら根拠のないものである。

(二) 申立人らは、佐久間小に学校保健法第一九条に基づく保健室が設置されていないと主張するが、右主張は全くの事実誤認に基づくものである。佐久間小の保健室は校舎の三階部分(疎乙第五二号証の三茶色部分)に設置されているのである。千桜小の保健室は従前どおり校舎の一階部分(疎乙第五二号証の一の青色部分)に設置されている。

(三) 申立人らは佐久間小の移転により、千桜小の特別教室及び準備室が減少し、理科、音楽、家庭科、図工等(以下「各教科」という。)の学習条件が悪化する旨主張しているが、つぎに述べるとおり、佐久間小及び千桜小とも各教科について前年を上回る授業時数を確保することができるところから、右主張は何ら理由のないものであり、失当である。

1 従前、佐久間小及び千桜小は、特別教室として理科室、音楽室、家庭科室、図工室等を有していたが(疎乙第一号証)、佐久間小の移転に伴つて施工される千桜小の改装工事後においても、理科室、音楽室、家庭科室、図工室等は確保され(疎乙第五二号証の一及至三)、各教科の授業に何ら支障をきたさない。

2 申立人らは、資料室、視聴覚室、準備室が一般教室確保のため犠牲となり、教育環境が悪化する旨主張するが、

(1) 資料室は、校舎二階に改装工事後も設置されている(疎乙第五二号証の二)。

(2) 準備室は、教材等を入れておく場所であり、歴史の古い学校では多くが貴重な資料を保管するために使用しているのである。したがつて、他に保管場所を確保しておけば、準備室をなくしても何ら支障は生じないのである。千桜小では、準備室に保管されていた貴重な資料について他の学校に保管の依頼をしており、保管場所は確保されているのである。また、理科の教科については器材が多いところから改装工事後も設置されている(疎乙第五二号証の二)。

(3) 視聴覚室については、申立人らの主張するとおり、千桜小の改装工事によりなくなるが、各普通教室に、従前から視聴覚室にあるものと同様なスクリーンが設置されているとともに、各学年毎に一台オーバーヘッド投映機を準備してあるところから右教室に視聴覚室としての機能を持たせているのである。したがつて、視聴覚室はなくなるが、右教室が視聴覚室としての役割、機能を有しており、何ら支障は生じないのである(疎乙第五三号証及び同第五四号証)。

ことから明らかなように、申立人らの主張は全く理由のないものである。

3 申立人らは、特別教室が佐久間小と千桜小の共同利用になることにより、学習条件が劣悪になる旨主張するがつぎに述べるとおり、何ら学習条件が悪化することはない。

(1) 小学校の各学年における各教科の授業時数は、学校教育法施行規則(昭和二二年五月二三日文部令第一一号以下「施行規則」という。)第二四条及び同第二四条の二に規定されており、右授業時数を下廻ることはできないのである(疎乙第五五号証)。

(2) 各学年毎の教科の授業時数は、教育課程に記載されることになつている。教育課程は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第五九条、東京都公立学校の管理運営に関する規則(昭和三五年四月一日教育委員会規則第八号、疎乙第五六号証)、第一三条、同第一五条及び同第三九条により、学校長が編成し、毎年三月末日までに区教委を経由して東京都教育委員会に届け出なければならないとされている。

(3) 昭和五九年度教育課程によると、佐久間小及び千桜小とも各教科について施行規則の別表第一の基準どおりの授業時数を実施する計画になつている。昭和六〇年度教育課程では、佐久間小は昭和五九年度教育課程と同じであるが、千桜小は各教科とも昭和五九年度教育課程の授業時数を上廻つており、何ら学習条件の悪化、低下は存在しないのである(疎乙第五七号証及び第五八号証)。

(4) 佐久間小と千桜小は、特別教室等について共同利用となるため、本意見書第一、三、(二)、(4)で述べたように何回も打合せ会をもち、充分な調整を行つているのである(疎乙第四五号証)。

(5) 疎乙第四五号証の固定時間割一覧表にあるとおり、各教科を行う特別教室の利用について両校が重ならないよう調整し、各教科について昭和六〇年度教育課程にあるとおり佐久間小においては前年度並、千桜小においては前年度以上の授業時数を確保することができるのである。

(6) 以上述べたとおり、特別教室の共同利用及び準備室の減少により何ら学習条件が悪化するということはないのであるから、申立人らの主張は失当である。

(三) 佐久間小の児童の移転後も千桜小の児童に体育や遊びについて何らの支障も生じない。

1 申立人らは、現在の千桜小の運動場(校庭)の面積は、プール部分を含めて六七二平方メートルしかなく、児童一人当たり専有面積は2.6平方メートルと狭いとの問題をかかえているところ、佐久間小の児童三二一人が千桜小に収容されると、児童一人当たりの専有面積は1.16平方メートルとなり、運動場の物理的環境が悪化すると主張する。

しかし、申立人らは千桜小における児童の運動可能な場所を校庭に限定して六七二平方メートルとし、これに基づいて児童一人当たりの専有面積を算定しているが、千桜小における児童の運動可能な面積は次のとおりである(疎乙第五九号証)

(1) 一階部分については、校庭面積(蓋かけされたプール部分を含む。)956.78平方メートル、講堂下のピロティ部分305.00平方メートル

(2) 二階部分については講堂フロアー241.74平方メートル

(3) 屋上部分については1,264.55平方メートル

以上を合計すると運動可能な面積は2768.07平方メートルとなり、児童一人当たり専有面積は、佐久間小の児童三〇〇人及び千桜小の児童一九七人との合計四九七人(疎乙第四三号証)として計算すると5.57平方メートルとなる。

したがつて、申立人らの主張する児童一人当たり専有面積を1.6平方メートルであるとの主張はその前提を欠く理由のない主張というべきである。

2 また、申立人らは佐久間小の移転によつて千桜小の体育の教科内容が悪化すると主張している。

しかし、学習指導要領によれば、小学校の正規の体育時間は各学年(ただし、一年生は以下のかつこ内に記載)週三時間、一年間に三五週(三四週)計一〇五時間(一〇三時間)を超えなければならないとされている。

ところで、千桜小の昭和六〇年度の教育課程(疎乙第四七号証)における正規の体育の授業時間は前記の基準時間数を超えており、また、前年度の体育の授業時間数と比較しても時間数の減少するものではなく、体育の教科内容を何ら悪化させるものではない。したがつて、申立人らの前記主張にも何ら理由がない。

3 更に、申立人らは、佐久間小の児童の千桜小への移転によつて、前記のとおり児童一人当たりの運動可能な専有面積が減少し、それに伴い児童の休憩時間や、放課後の児童の遊びについて制約を受け、児童の遊びの欲求を満足させることができなくなる旨主張する。

しかし、佐久間小の児童の移転後も千桜小における運動可能な児童一人当たり専有面積は若干減少したとしても、前記のとおり児童が遊ぶに必要な面積は校庭、講堂下ピロティ、講堂フロアー、屋上を含めて十分確保されている(疎乙第五九号証)。

また、児童の遊び方についても学校側の指導により遊びに伴う運動量は十分確保できるように配慮している。

したがつて、佐久間小の児童の移転後も千桜小における児童の遊び場の確保はでき、その欲求も充足することができるのであるから、申立人らの前記主張も何ら理由のない主張である。

4 なお、千桜小においては、昭和二七年度から同三五年度までの児童数は、五七三人から九四七人の間を推移していた(疎乙第六〇号証)が、この間も十分な教育活動がなされていたのであるから佐久間小移転後、四九七人の児童が同校に収容されたとしてもこれによつて千桜小の教育活動に何ら支障を及ぼすことはあり得ない。

(四) 佐久間小の児童が移転した後の千桜小の講堂の出入口には何らの危険もない。

申立人らは、佐久間小の児童の千桜小への移転に伴い、従前講堂に通じる音楽準備室の西側の通路(疎乙第五二号証の二の黄色塗り部分)を普通教室とするためにつぶすことによつて、今後は児童らは校庭にある二か所の階段を使用することとなるが、この措置は児童らの事故に結びつく危険性を有する旨主張する。

しかし、右講堂への出入口は従前は右通路のみを使用し、屋外へ通ずる二か所の屋外階段は避難通路以外にはほとんど使用することがなかつた。そして右二か所の屋外階段は建築基準法等の法令に何ら違反するものではないこというまでもないが、今後は右二か所の屋外階段を使用することによつて児童らの事故に結びつく可能性は全く考えられないのである。

なお、右二か所の屋外階段には今回の佐久間小の移転に際し、風雨を避けるため屋根(疎乙第五二号証の一の赤色部分)を取り付ける措置をとつて児童の安全に十分配慮している。

二 建築基準法及び東京都建築安全条例違反はない。

申立人らは、佐久間小受け入れに伴う千桜小の増築工事及び改装工事が、建築基準法及び東京都建築安全条例に違反すると主張するが、以下に述べるように本件工事は何ら違法なものではない。

(一) 佐久間小の職員室が増築される二階のベランダ部分の強度は、一平方メートルにつき、単位四二〇キログラムの積載荷重に耐えうるよう設計されている(疎乙第六一号証)。また、増築に伴う固定荷重の増分は除却仕上剤重量以下となるよう改修されている。さらにコンクリート強度の測定によつても当初の設計強度をはるかに上まわる測定値が出ているところからみて、ベランダ床本体の老朽化は進行していないと判断できる。したがつて職員室の増築計画は、建築基準法施行令八五条一項には違反していない。

(二) 建築基準法二八条及び同施行令一九条二項によれば、教室の採光に有効な部分の面積は床面積の五分の一以上であることが原則とされているが、同項但書及びこれに基づく建設大臣の告示には、これの例外が定められている。すなわち同項但書は、小学校等の教室で別に定める基準に従い、照明設備の設置、有効な採光方法の確保その他の措置が講じられているものにあつては、採光に有効な部分の割合を建設大臣が別に定める割合以上とすることができる旨定めており、これをうけて、建設省告示(昭和五五年一二月一日告示第一八〇〇号、疎乙第六二号証)が出されている。

右告示によれば、小学校等の教室で、(イ)床面からの高さが五〇センチメートルの水平面において二〇〇ルックス以上の照度を確保することができる照明設備を設置し、(ロ)窓その他の開口部で採光に有効な部分のうち床面からの高さが五〇センチメートル以上の部分の面積が教室の床面積の七分の一以上である場合には、採光有効部分面積の床面積に対する割合を七分の一以上とするとされている。

今回増築される職員室に隣接した教室には、床照度において二〇〇ルクス以上の照度を有する照明設備が設置されており、窓は床面から五〇センチメートル以上の位置に設置されている。また、職員室が隣接することによつて建築基準法二〇条の規定により修正された後の窓の有効面積は10.55平方メートルである。教室の床面積は65.00平方メートルであるから、窓の有効面積は床面積の七分の一以上を有しており、右告示の基準に適合している(疎乙第六三号証)。

したがつて、以上のように、職員室が増築されても、採光に関する基準に違反することはない。

(三) また、本件の職員室は建築基準法八五条四項の許可を得た仮設建築物であるから(疎乙第六四号証)、同項の規定により右基準法第二七条は適用されず、耐火構造とする必要はない。

(四) 二階会議室及び三階ことばの教室は、従前普通教室として使用されていた室である。このたびの改装はこれを元の普通教室に戻すためのものであつて、改装工事により従来どおり廊下に面して二か所の出入口が設置される(疎乙第五二号証の二及び三、緑色部分)。したがつてこの点に関する申立人らの主張は事実に反するものである。

第四 回復困難な損害及びこれを避けるための緊急の必要性がない。

一 申立人らは、佐久間小の移転に伴う教育環境の著しい悪化低下により、千桜小及び同幼稚園に通学通園している児童、幼児らが、回復不能の損害を被る旨主張しているが、本意見書第三に述べたように、千桜小及び同幼稚園の児童、幼児は、佐久間小の移転後も従前と同様、否それを上廻る教育、保育を受けることができ、何ら教育環境、学習条件の悪化、低下を招くことはないのであるから、右主張は何ら根拠のないものであり、回復困難な損害及びこれを避けるための緊急の必要性があるとはとうてい考えられない。

二 さらに、本執行停止申立てでは、回復困難な損害の有無は、本案の理由の有無と別個独立に判断されるものでなく、両者はともに密接な関係を有するものとして総合的に考慮すべきである。したがつて、本意見書第三に述べたように、本案に理由がないことのがい然性が大きければ、回復困難な損害はないものと判断すべきである(広島高裁岡山支部昭和二六年二月七日判決、行政事件裁判例集二巻二号二四二頁、甲府地裁昭和二五年一〇月二五日判決、行政事件裁判例集一巻八号一一八九頁)。

第五 本件執行停止は、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある。

一 佐久間小及び同幼稚園の児童、幼児及び教師の生命、身体に危険を及ぼす。

(一) 佐久間小及び同幼稚園の改築は、昭和五五年一二月に決定されたが、本意見書第一、一、(三)で述べたように、

1 和泉公園に仮校舎を設置する。

2 和泉公園、佐久間橋公園及び佐久間小の敷地内に仮校舎を設置する。

3 千代田区内の学校に分散して収容する。

4 空ビルを利用して設置する。

との四案が出され、検討されたが、和泉公園等内に仮校舎をつくることはできず、また校舎として使用できる空ビルもなかつたのである。ようやく、昭和六〇年度から千桜小及び淡路幼稚園に仮校舎の設置が決まり、改築が実現されることになつたのである。

(二) 右に述べた経緯からわかるように、改築決定後四年三か月かかつて改築が実現したことからみても、いまここで執行停止がなされると、今後更に改築実現までに数年を要することは確実であり、その間、三〇〇名の児童、六三名の幼児及び三〇名の教師は、本意見書第一、一、(一)で述べたように老朽化した極めて危険な状態にある校舎で教育を続けなければならず、(疎乙第二号証乃至第四号証並びに同第四三号証)、右児童、幼児及び教師の生命、身体に危険を及ぼすことは明らかであり、それこそ劣悪な教育条件の下に置かれるのである。したがつて、本件執行停止は公共の福祉に重大な影響を及ぼすことになり、許されないものといわざるを得ない。

二 仮校舎の設置に伴う各種工事に要した多大の公費が無駄になり、経済上の損失を受ける。

(一) 佐久間小及び同幼稚園改築に伴う公費の支出

1 佐久間小にある保存資料搬出のため、既に契約に基づく作業が完了し、二八五、九四〇円の公費を支出した。また、その他の移転作業が契約に基づいて昭和六〇年三月二六日から開始されており、同年同月末に完了する予定で、それに要する費用は九八〇、〇〇〇円である(疎乙第六六号証乃至第六八号証)。

2 佐久間小及び同幼稚園の解体工事については、昭和六〇年三月二五日に契約がなされ、昭和六〇年三月二十六日から工事が開始されており、右工事に要する費用は四八、〇〇〇、〇〇〇円である(疎乙第六五号証)。

3 佐久間小及び同幼稚園の校舎の改築については、基本構想、基本設計、地質調査、測量及び実施設計に関する契約がなされ、右契約の履行について現在、最終段階の実施設計がなされており、右契約金額四七、七〇〇、〇〇〇円のうち、一四、九〇〇、〇〇〇円を既に支出している。また、右校舎の改築に必要な費用である七三六、九〇四、〇〇〇円が昭和六〇年度歳出予算として昭和六〇年三月二六日、区議会で可決され、認められた(疎乙第六九号証乃至第七四号証)。

4 さらに、佐久間小が移転するに際して必要な備品の購入が既になされ、その契約金額一、五七二、九五〇円のうち三一三、〇〇〇円が既に支出されている(疎乙第七五号証及び第七六号証)。

(二) 千桜小及び同幼稚園改築に伴う公費の支出

1 千桜小では、佐久間小の受入れに伴い、特別教室、職員室等の各種改修工事が進められ、ほぼ完了している。右工事に伴う各種の契約がなされ、その契約金額は五三、七五〇、〇〇〇円で、右金額のうち、前払金として既に一二、〇〇〇、〇〇〇円が支出されている。残金についても近いうちに支出する予定である(疎乙第七七号証乃至第八三号証)。

2 淡路小でも佐久間幼稚園の受入れに伴い、教室等の各種改修工事が進められ、ほぼ完了している。右工事に伴う各種の契約がなされ、その契約金額は一六、八〇〇、〇〇〇円で、右金額のうち、前払金として既に一、一〇〇、〇〇〇円が支出されている。残金についても近いういに支出する予定である(疎乙第 ママ号証乃至第八六号証)。

(三) 右に述べた佐久間小及び同幼稚園移転に伴う契約関係については疎乙第六五号証のとおりであり、右契約金額は全体で一六九、三八八、八九〇円であり、右金額のうち既に二八、五九八、九四〇円が支出され、残金についても既に工事が完了しているため、近いうちに支出が予定されているのである。

(四) 本件執行停止がなされると、右に述べた公費が無駄になるだけでなく、佐久間小及び同幼稚園の改築実現に従事、協力してきた千代田区の多数の教員、職員はもとよりのこと、関係する学校の父兄、地域住民の行為はすべて無に帰するところから、千代田区の教育行政に与える影響ははかり知れないものがあり、本件執行停止は公共の福祉に重大な影響を与えることになる。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例